弁護人意見書

 

 鶴見事件の審理は,いよいよ,大詰めを迎えようとしています。今,裁判所でどのようなことが行われているか,紹介させていただきたいと思います。
 少し長い文章ですが,現在の審理の状況を知っていただくには,弁護人の意見書を読んでいただくのが一番と思い,それを要約したものをご紹介します。
 

2002(平成14)年2月22日   
 主任弁護人  大河内秀明


支援者の皆様へ

 

これまでの経緯

被告人は,凶器はバールとプラスドライバーであると自白しています。しかし,これは死体を解剖した伊藤順通元東邦大学教授の鑑定結果を鵜呑みにした警察官の押し付けによるもので,その後,伊藤鑑定は,裁判所が採用した内藤道興藤田保健衛生大学教授によって断定的に否定されました。

一審の横浜地方裁判所は,凶器をバールとドライバーとする認定を避けつつ,しかし,被告人以外の犯人は考えられないという論法によって,平成7年9月7日,被告人に死刑の判決を言い渡しました。

弁護人が控訴し,4年以上も公判が開かれないまま,推移しました。

控訴審で,検察側は,的場大阪大学教授に依頼して,伊藤鑑定を追認する鑑定書を作成させました。これに対し,弁護側の依頼を受けた齋藤埼玉医大教授は,的場鑑定書を否定する内容の鑑定書を作成しました。検察官は,斎藤教授に対する反対尋問によって,齋藤鑑定書を崩そうとしましたが,ものの見事に失敗しました。

そこで,検察官は,的場教授を,再度,証人請求したのです。

 

 

平成8年(う)第370号  強盗殺人被告事件

意  見  書

2002(平成14)年2月21日

東京高等裁判所第11刑事部 御中

  (裁判長 中西武夫 殿)

  (裁判官 木村 烈 殿)

  (裁判官 林 正彦 殿)

被告人  高 橋 和 利

 

上記の者に対する強盗殺人被告事件について,検察官の平成14年1月28日付事実取調請求書(的場梁次の証人請求)に対する弁護人の意見を述べる。

 

弁護人  大河内 秀 明 

 

下記の理由により取調べに不同意である。

1 総論

検察官は,「的場梁次大阪大教授については,すでに詳細な証人尋問が行われ,かつ的場教授作成の鑑定書も採用取調べ済みだが,その後,齋藤一之埼玉医大教授の証人尋問及び採用取調べ済みの齋藤教授作成の意見書が的場見解と大きく異なる内容である」として,的場教授を証人請求している。

しかし,他になんら合理的理由を示さず,ただ単に見解が大きく異なることだけを理由に,すでに取調べを終えている一方の鑑定人を再度証人請求することは,まったく非常識極まることであり,到底承服することはできない。

従来から,当該鑑定人に対する弾劾は,専ら検察官及び弁護人による反対尋問に委ねられてきたのである。あるいは,格別に慎重を期す必要があるときに限って,他の第三者によって,相異なる内容の複数の鑑定結果に対する再鑑定が実施されてきたのである。弁護人としては,遺憾ながら,批判された鑑定人である的場教授は,これまでの同人の言動から見て,ことのほか,自説を批判した他の鑑定人である齋藤教授の見解に対しては,証人として,無私な立場に立って,中立公正な態度で誠実に意見を述べることが到底期待できない人物であると断定せざるを得ない。いかに人格高潔な人物であっても,専門家としてのプライドを傷つけられて,なおかつ平常心を保って,科学者として冷静に鑑定することは困難であると思われるのに,検察官に迎合して嘘の証言をしてまで,検察側に肩入れしようとした的場教授に,それが期待できないことは,火を見るよりも明らかなことである。

これまで,検察官も弁護人も,共に,自分に不利な見解を述べた鑑定人を弾劾するためには,反対尋問に全精力を注ぐことに専念し,批判された鑑定人を証人に立ててその証人の口を借りて自分に有利な証言をさせようという意図をもって証人請求することをしてこなかったのは,そのようなことをしないことが,刑事裁判における暗黙のルールであるという認識を共有していたからにほかならない。

それを,松本正則検察官は,自らの反対尋問に失敗したからといって,自らの失敗を棚に上げ,平然とルール破りを犯してまで,批判された当の本人である的場教授を引っ張り出し,検察官と予め示し合わせた内容の証言をさせようとしているのである。つまり,検察官は,齋藤教授に対する反対尋問で引き出せなかった供述を,今度は,的場教授の口を借りて引き出そうとしているのであり、それは,出来レースそのものであり,八百長以外の何物でもない。

  的場教授を証人請求した検察官の意図は,とにもかくにも証言として証拠化し,それを足掛かりに齋藤鑑定書を骨抜きにしようというにある。もしそうでないというのなら,検察官は,実質的には意見であって事実を述べるものではない的場証言を,ことさら証言という形式にこだわる必要はなく,的場教授から教示を受けたご高説を,検察官が意見書にまとめて提出すれば済むことだからである。それは,原審で,伊藤鑑定書を完膚なきまでに批判した内藤鑑定書を前にして,上田誠治裁判長は,バールの凶器性を迫真力あるごとく装った被告人の自白調書を読んで,これではとても有罪判決を書くことはできないと思ったので,急きょ検察官に再鑑定の請求を促し,それを足掛かりにしてやっと有罪判決に持ち込んだ経緯があるので,検察官は,その出来レースの再現を,今一度,目論んでいることを意味する。すなわち,検察官は,一審で窮地を脱したときの記憶が忘れられず,当審においても同じ手を使おうとして,今回の的場証人の請求をしているのである。

司法のモットーであるフェアプレイの精神を忘れた検察官の訴訟追行の態度は,弁護人のみか裁判所をも愚弄するものである。裁判所におかれては,検察官のそのようななりふり構わぬ訴訟追行の姿勢に振り回されることなく,厳正に対処さ

れるよう,弁護人としては切望してやまない。
2 各論(省略)

3 結語

的場教授は,自分の鑑定書の信用性を増強する目的で,バールを凶器とする遺体の解剖例を扱ったことは皆無であるにもかかわらず,この法廷で嘘を言わないと宣誓したうえで,バールを凶器とする遺体の解剖を4,5件は扱ったことがあると嘘の証言をした人物である。的場教授は,被告人を死刑にする引き金となるかもしれないという重大な局面において,かつバールの爪による損傷の有無が審理の焦点になっている場面において,嘘の証言をするという許しがたい不正行為を行っているのである。そのような人物が,検察官の意のままに,再び,事実を曲げて恣意的に不正な証言しないという保証はどこにもない。

よって,検察官の本件請求は,断固却下されるべきである。


 

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